耳コピ無双

チェロを買って、はや10年が経過しましてん。

その10年間というもの、仕事が忙しかったりそれ以外が忙しかったりして、チェロ熱が沸いたり冷めたりを繰り返してたモンで、ほとんどモノになってない。
そんな沸点にですね、ただいま何度目かの到達をしてる訳ですよ。今度こそモノにしたいなーとか、またアマオケ入りたいなーとか思いつつ。
ところでクラシックってのは、ちゃんとした演奏はもちろん、ちょっとした練習でも必ず楽譜を見ながらやるっつー完全なる楽譜社会であり、譜面を見ながら弾く事を大前提とした世界である。
オレ、それが出来ないんだよねえ。
今までの演奏歴において、義務教育を除けば耳コピしかやった事がないっつー、コッテコテの雑草なんだからしゃーないんだが、オケの人達って簡単な初見ならばどうにか出来ちゃうと来てる。
なので、まずはソコを克服しない限りあの中には入れないと思うんで、今度こそ譜面スラスラ大佐と化す決意をした次第にてござい。
しかし、チェロ譜って難しいんだよなー。
基本ヘ音記号と思いきや、いきなりト音に変わったりする。それだけならまだしも、ハ音なんていうキワモノまで出てくるんだからマジ泣く。
という、現時点では譜面グダグダ二等兵なんだけど、書く方だったら出来ちゃうんだな。
K社にいた頃は、急いで作曲する時は紙と鉛筆だけでやっちゃってたぐらいなんで、それはもう慣れっこなんです。
じゃあ何で読めないんだよっつー話ですが、書く方は速度なんて気にする必要が無いからねい。
対して読む方は、決められたテンポ内で音符を認識する速さを要しつつ、楽器の押さえる場所も認識しないとならない。なのに弦楽器って、例えばC3とかG2と云っても1箇所しか無い訳じゃないし、押さえる場所がコンマ数ミリずれただけで音程が狂っちゃうから尚更難しい。
ド雑草としては、譜面なんて見ずに耳コピで覚えちまった方が断然ラクなんだけど、先生にも付かずに独学でやってる身なので(自分でやっといて何だけど、バイオリン属の独学だけは絶っ対に止めましょう)、基礎の部分は漏らさず習得しておきたいんで、変な運指のクセを付けないためにも我慢して譜面に従ってやってるのでありマス。
ちなみにクラシックの人達って、暗譜となるとからっきしダメな人が多い。
バンド畑としては、譜面を見ずに弾くのが当然なんで、そーゆー文化の違いがちょっと面白い。

耳コピと云えば以前、着メロ制作の仕事をしてた事がある。
ふっるいワーゲンに乗ってた頃だからもう15年も前なんだけど、そのワーゲン仲間にインディーズの音楽レーベルを運営してた社長がいて、何でも所属アーティストの曲を着メロにして、ウェブからダウンロードできるサービスをやりたいんだけど、誰かそーゆー着メロ作れる人いる?なんて話が仲間内で持ち上がったから、やった事もないくせに軽く請け負っちゃった。
具体的には、ケンウッド社製の4和音の機種を対象とした着メロを毎週3曲ずつ作るという内容で、まず原曲が入ったCDが決まった曜日に送られてきて、どの部分(大抵サビだけど)をどうやって無限ループさせるか、どうやって4声にアレンジするか、などを考えつつ耳コピして、着メロ用のデータにして納品。
まあ、チョロイ仕事でしたね。
昼メシ喰ってから作業を始めて、夕方には3曲とも完パケしてたもん。
つーか、一般的には決してチョロくはないんだろうけど、ゲーム音楽の世界で10年も揉まれてきた輩にとっては、このぐらいはパパパのチョイナであり、魔法のチカラでやっちまえいってなモンです。
この頃はK社を辞めて、長いこと病を患っていた時期で、なかなか社会復帰できない最中だったから、在宅でしかも週1でたったの数時間労働っていうのはかなーり助かりました。
そんなオレの着メロ、お陰様で好評だったらしい。
身内からは仕事の早さや安定感を評価され、ユーザーからも「他のサイトの着メロと比べて迫力があるんですがー」なんて評されたとかで、コレは売り文句になるって社長小躍りしてた。
で、最終的にはケンウッド社が直々に仕事をくれるようになったんだから、まあいい身分でしたね。
当時の着メロってレベル低かったから、ゲーム音楽で喰えるだけの力があれば誰でも無双と化せたであろう、なかなかオイシイ世界でした。

そんな無双にですね、ある日、社長から泣きが入りまして。
実はインディーズレーベルと云いつつ、親会社にメジャーレーベルを持っていて、確かにオレもそこで某有名アーティストを目撃した事があるんだけど、その有名アーティストも手掛けているアレンジャー兼エンジニアという人が所属アーティストの曲の着メロ制作の仕事を請けたところ、クライアントからメッタクソに斬られたんだそうな。
で、オレのトコに「ちょっとアドバイスでも手直しでも何でもいいから助力して欲しい。どう変えたらいいのか誰も分からなくて困ってる」と来た訳です。
勝手な推測だけど、ワーゲン仲間の内からポンと拾ってきた民間人よりも、メジャーで実績のあるプロフェッショナルの方が実力的には確かだと思って、オレじゃなくそのメジャーの方に着メロの仕事を渡したんでしょーね。
まあ云ってもしゃーないので了解したら、ただそのクライアントは無茶苦茶キビシイ人で、かなり理不尽な事を云われるかも知れない、アレンジのプロに頼んでもこの有様だったぐらいだから、そこは悪いけど覚悟して欲しい、なんて念を押されつつ、そのダメ出しされた着メロを聴いてみた。
もうね、完全なるシロートの出来ですよ。
そもそも、音符を切るタイミングには気を遣わなくちゃいけない、なんてのは打ち込み音楽の基本のキなんだが、ソレすら出来ていない。
原曲が歌モノだから特に、要所要所でビブラートとかポルタメント的な装飾を付けるなどして表情を付けないとイカンのだが、メロディーも他のパートも、ただただ音符の棒伸ばしで、さらに音色までダッセエから、むしろ良い箇所を探す方が困難なぐらいだった。
そして、着メロなのに、コードをジャーーーンと伸ばして終わって、ちょっと無音を挟んだ後で、唐突に曲アタマに戻るっていう。
そーゆー無限ループの処理なんてのは、着メロ制作経験の有無とかじゃなく、どういう作りにすればユーザーが不快にならないかっていう、思いやりとかサービス精神で解決できる問題だと思うんだけどなあ。
まあ確かにその曲、違和感なく無限ループさせるにはアイディアを要する内容だったけど、それでも工夫次第で恰好良く収まるんだから、そこはむしろプロとしての腕の見せ所なんだけどなー。
と云うのも、社長から泣きが入った時点でオレ、その曲作っちゃってたんですよ。
コレは16和音に進化した機種用の曲だったんだけど、実はその4和音バージョンを以前作った事があって、その時に「将来この曲の16和音版の発注があるかも知れない」って云われてたから、それに備えて先行で作っちゃってたっつー。しかも、余ったトラックで擬似ディレイとか入れちゃったりして、4和音の時よりも格段に音映えしちゃってたりして。
とりあえず、クライアントの人格の問題じゃないという確信は得たから、社長に電話して「じゃあ作業に入りますけど、データ修正じゃなくてイチから作り直しでもイイっすか?」って訊いたら「いやー、そこはさー、そのアレンジャーにもプライドがあるんだからさー、あくまでそのデータに手を入れるカタチにしてよー」ですと。
なので、「わかりました」って電話を切って、即座にそのプライドとやらをゴミ箱フォルダにドラッグして、5時間ぐらい経ったところであらかじめ作っておいたデータをメールに添付して「どうにか直しました」って。
その後、一筋縄じゃいかないクライアントが、やっぱり一筋縄じゃいかなかったって話も聞かされてなくて、まあ無事に済んだんだろーなーと思ってたら、後日、ケンウッド社に行った時に開発中の新機種にその曲がしっかり入ってるのを偶然確認した。
あ、クライアントってケンウッドさんの事でしたか。
だったらオレ基準のクオリティーをいつも喜んでくれるし、一筋縄でも何でも無いっすわ。
ところでケンウッド社って、元々が音響機器メーカーだから、着メロに対してもちゃんとした検査をするの。
この曲のここの部分でスピーカーがビビってるので測定してみたら何dB出ちゃってるんで、ここだけ音量を修正してくれ、なんて要求をされて、開発機器一式を持ってケンウッド社に出向して、結構しつこく調整を繰り返したんだけど、いいですよねー。本気でモノづくりをしてて。
まあ確かに、そんなトコは厳しかったけど、オレこーゆー姿勢は好きですね。

そー云えば、オレがあんまり快調に作業を進めるもんだから、インディーズの社長に「コレって作業的には朝飯前なの?それとも、キツイんすよマジでってレベルなの?」って問われた事がある。
その時は正直にチョロイって云っちゃうと何かしら支障がある気がして、苦し紛れな返答をした。
後日知ったんだが、すぎやまこういちさんがドラクエ1の音楽を一週間で書いた時、これは数十年も作曲家としてやってきた積み重ねによって成される芸当だから、正しくは数十年と一週間かけて作ったモノだと云ったそうで、感覚としては正にその通りなんですよね。
オレもその時、こんな上手い事が云えてたらなああ。